青空日記(20200419) コロナ環境での危険な考え方
【このブログの特徴】
日々のニュースから気になるものを選択し、自分なりの考察を書いて
紹介するものです。
吉祥寺は先週末と同じにぎわい
「いいんだよ、別に」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200419-24190286-nksports-soci
【概要】
今週末の商店街は、非常事態宣言が出たにも関わらず、多くの人出があったそうです。
買い物だけでなく、飲み屋やラーメン屋にも人が入っていた。
特に、市の職員が「外出しないように」と呼び掛けていたが、そこで
「いいんだよ、別に」とつぶやいて通り過ぎる若者もいたとのこと。
【私の考え】
結論から言うと、「いいんだよ、別に」という若者以上に、この記事にコメントがいくつもあり、その中で「こういった若者にはペナルティとして自分が苦しんだ時には病院いかせるな」とかいう人のほうがとても危険だと感じた。
「いいんだよ」と言った若者は
「一定数いるしょうがないやつ」
この若者は、先日別のブログで書いたが、県外のパチンコ屋に行く人より、
たちがわるい。
パチンコ屋にそそくさと人目を避けて入る人は、悪いことをしている意識があるので、極端に他へ出歩くことはしないだろう。
この若者は、悪いと多少思っているのかもしれないが、自己肯定をしてしまっている時点で、さらに他の場所にも行く可能性があるからだ。
コロナ影響下では大きな問題だとは思うが、法律で規制されていない以上は、こういった考え方は、一定はいると思うし、ある意味「しょうがない」といえるレベルだと私は考える。
法律で禁止されている、20歳未満でも飲酒やたばこすら我慢できないものがいるくらいなのだから。
「この若者に厳罰を加えよう」という考えについては恐怖を覚えた
この若者たちが病気になったら苦しめばよい(病院使わせない)という趣旨の投稿が一定数あった。
「自分の考えは公共の正義であり、他人の迷惑になる”だろう”人は、厳罰与えて当然」とう考え方だと思い、恐怖を覚えた。
よく、不特定多数を殺害した犯罪者のニュースにも、「犯人が死ねばよいのに」というコメントがある。しかし、今回は、実際に感染させたわけでもなく、何ら違法なことをしてない彼らに”厳罰”というのは同じに考えてよいだろうか。
これは原理主義(「単一の価値観だけを信奉し、他者の価値観を排撃する」Wikipediaより抜粋)と同じように感じる。
この考え方は、感情論に発展して収拾がつかなくなる危険がある。
こういったピンチにはどうしても極論が好まれるので、私自身も注意したい。
【あとがき】
私は、この発言をした若者達を擁護するつもりはない。私もこの土日は食料を買いに行く以外一度も外出していない。
しかし、この若者たちに「厳罰」という安易な考え方を持って、接するのではなく、
他の方法を考えたいと思っている。
こういった習慣を、「家族や周囲のために」も行うのだという事を教えられないものだろうか。
皆様はどう思いますか